若駒のレースで大切なものとは? 2003年オークスの波乱と競馬の真髄
2003年オークスの波乱を振り返り、若駒のレースで大切な要素を探る。スティルインラブの圧勝とアドマイヤグルーヴの惨敗を分析。

2003年オークスの波乱
2003年のオークスは、競馬ファンにとって忘れられないレースの一つです。この年、馬単が発売開始となり、スティルインラブが1着、13番人気のチューニーが2着に入り、馬単3万3950円の大波乱となりました。
レースの流れ
1番人気のアドマイヤグルーヴは、桜花賞でスティルインラブに敗れたものの、猛烈な追い込みを見せて3着に迫り、勝ち馬をしのぐインパクトを残しました。しかし、オークスでは折り合いに専念するあまり、4角17番手の絶望的なポジションに。これを見た瞬間、「しめた!」と思ったファンも多かったことでしょう。
一方、スティルインラブは終始内めの9番手を追走し、直線では追いすがるチューニーを競り落として栄光のゴールへ。結局、アドマイヤグルーヴは7着まで押し上げるのが精一杯でした。
チューニーの活躍
スティルインラブの圧勝とアドマイヤグルーヴの惨敗の陰で、馬券の肝となったのがチューニーでした。初めての東京ながら、この年中山で施行されたクイーンCの勝ち馬であり、しぶとく伸びてきた走りはむしろ東京向き。この舞台ならさらに良さが生きると判断し、桜花賞12着馬に△を回したのです。
若駒のレースで大切なもの
スティルインラブは秋華賞も勝ち、メジロラモーヌ(1986年)以来の2頭目の牝馬3冠を達成。続くエリザベス女王杯では、ようやく競馬を覚えてきたアドマイヤグルーヴの末脚に屈しましたが、若駒のレースは“競馬”の巧拙が明暗を分けるものだと改めて思い知らされた年でした。
結論
2003年のオークスは、競馬の真髄を教えてくれるレースでした。若駒たちの力と戦略、そして運が絡み合い、大波乱を生み出したのです。競馬ファンにとって、このレースは今でも語り草となっています。